その6.(最終回)
多発性硬化症の治療
大橋高志先生(鎌ケ谷総合病院脳神経内科)より
現在のMS治療
前回までのブログで解説したように、MSは青年期のEBウイルス感染と、それを排除しようとする免疫系の暴走によって起こります。
MSの再発と進行を抑えるためには、EBウイルスに対する自己免疫反応を抑制し、EBウイルス感染B細胞の脳内への侵入を阻止して、軸索障害を止めることが必要です。有効な抗EBウイルス薬があればよいのですが、残念ながら現時点ではEBウイルスに効く薬はありません。
現在、私たちが行えるのは、MSの再発を減らし、進行を遅らせることで、このために使用する薬を『疾患修飾薬 (DMD)』と呼びます。現在、日本で使用できるMSのDMDは、主な作用から以下のように分類することができます。
- 免疫のバランスを整え、自己免疫反応を抑制する:インターフェロンβ-1a (アボネックス®)、インターフェロンβ-1b (ベタフェロン®)、フマル酸ジメチル (テクフィデラ®)
- 自己反応性T細胞を制御する:グラチラマー酢酸塩 (コパキソン®)
- 脳内へのリンパ球浸潤を阻止する:フィンゴリモド (イムセラ®、ジレニア®)、ナタリズマブ (タイサブリ®)、シポニモド (メーゼント®)
- B細胞を除去する:オファツムマブ (ケシンプタ®)
いずれのDMDにおいても軸索障害を抑制できることが示されていますが、その効果にはかなりの差があります。
なかでも特に有効性が高いのが、ナタリズマブとオファツムマブです。ナタリズマブを使用することで、EBウイルス感染B細胞と自己反応性T細胞の脳内への侵入を強力に阻止することができます。オファツムマブはEBウイルスをB細胞ごと排除することができ、現時点ではもっとも理にかなった治療といえます。
しかし、これらのDMDの作用は脳の外に限られており、すでに脳内に侵入したEBウイルス感染B細胞には効果が及びません (Dahal S. Mult Scler Relat Disord. 2023 Nov 25;81:105344)。
そのため、どんなに有効性が高いDMDでも発症早期に使用しないとMSの進行を十分に抑制することができません (He A. Lancet Neurol. 19(4):307-316, 2020)。ナタリズマブないしはオファツムマブをできるだけ早く開始する『early intensive therapy (早期集中治療)』こそが、現時点での最良の治療法といえるでしょう。
そこで、現在開発中の選択的ブルトン型チロシンキナーゼ (BTK) 阻害薬への期待が高まっています。BTK阻害薬にはB細胞の分化や活性化を抑制する効果があり、脳内でも作用を発揮することができるため、すでに脳内に侵入したEBウイルス感染B細胞への効果も期待できるのです。
未来のMS治療
これからのMS治療薬の開発がEBウイルス感染B細胞に向かっていくことは間違いありません。そして、ようやく、『MSを治すための治療』の開発への道筋が見えてきました。将来のMS治療の目標には、以下のような段階があります。
① Stop MS (MSを止める)
オファツムマブなどのB細胞除去療法の登場によって、MSの再発はかなり抑制できるようになりました。次の目標は『Stop MS』。MSの進行を止めることです。それには、脳内に侵入したEBウイルスを排除するか、感染B細胞の増殖を止めることに特化した治療が望まれます。
現在、EBウイルスに対するワクチンの治験が進行中であり、より有効性の高いワクチンも開発されています (Dasari, V. Nat Commun 14, 4371, 2023)。このようなEBウイルスワクチンが使えるようになれば、帯状疱疹ワクチンのように体内のEBウイルスの活動を抑えることができるようになるでしょう。
オーストラリアの製薬会社は、健常人から樹立したEBウイルス反応性T細胞株 (ATA188) をMS患者に投与し、身体症状が改善したことを報告しました (Smith C. Clin Transl Immunology 12(3):e1444, 2023)。次世代のMS治療薬として期待されていましたが、残念ながら、第2相臨床試験では有効性を示せませんでした。
また、藤田医科大学の研究グループは、EBウイルス感染B細胞の不死化の仕組みの一端を解明し、免疫抑制剤として用いられているミコフェノール酸によって、B細胞の不死化が抑制されることを報告しており、今後の発展が期待されます (Sugimoto A. Spectr 11(4):e0044023, 2023)。
② Cure MS (MSを治す)
脳内のEBウイルスを排除して、MSの進行を止めることができるようになったら、次の目標は『Cure MS』。MSの身体障害や認知機能低下を回復させることでしょう。
仮想現実技術を用いたmediVRカグラ®やロボットスーツHAL®など、リハビリテーション技術の進歩にも目を見張るものがありますが、これには、ミエリンの修復やiPS細胞による神経幹細胞移植などの新しい治療法の応用が必要です。脊髄損傷における神経幹細胞移植治療の進歩は目覚ましく、すでに慢性期の脊髄損傷による運動障害の回復も期待できるようになっています (Inoue M. Stem Cell Investig 10:6, 2023)。
また、二次性進行型MSの脳室内に神経幹細胞を移植するhNSC-SPMS studyでは、第1相臨床試験で良好な結果が得られており、希望が持てます (Leone MA. Cell Stem Cell. 2023 Nov 21:S1934-5909(23)00393-4)。
③ End MS (MSを終わらせる)
その次の目標は『End MS』。MSを終わらせることです。それには、EBウイルスへの感染を予防する必要があり、EBウイルスワクチンの登場が待たれます。ただ、難しいのは、幼少期にEBウイルスワクチンを接種した場合、EBウイルス感染の時期が遅くなり、かえってMSの発症リスクを高くしかねないということです。
幼少期にEBウイルスに感染しなかった人たちを選び出して、小学校高学年頃にEBウイルスワクチンを接種することで、青年期のEBウイルス感染を抑制することが可能になるかも知れません。
④ A World without MS (MSのない世界)
そして、究極の目標は、『A World without MS』。MSのない世界の実現です。近年の科学技術の急速な進歩を鑑みれば、このような目標も決して夢物語ではありません。いつの日かきっとMSのない世界が訪れることを心から願ってやみません。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
なお、このブログの内容はあくまでも私見であり、MSキャビンの公式見解ではないことをご承知ください。
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