多発性硬化症(MS)

メーゼント®

多発性硬化症(MS)の多くは、再発と寛解を繰り返しながら、症状が徐々に悪化する進行期に入ります。

進行期に入るまでの期間は人によりますが、病巣ができるのを抑え、症状が徐々に悪化する進行期に入らないようにしておくことが必要です。そのために使われるのが再発予防・進行抑制の薬です。経過を改善するという意味合いで「疾患修飾薬(disease-modifying drug : DMD)」と呼ばれます。

日本では2024年2月現在、8種類のDMDが承認されています。ここではシポニモド(メーゼント®)について解説しています。1日1回の飲み薬です。日本で2020年6月に承認されました。

更新:
2024年9月2日(医療費を追加)
2024年3月4日(全体を改訂)
2022年4月27日(全体を改訂)
2021年9月19日(新規公開)
文:MSキャビン編集委員
大橋高志、越智博文、近藤誉之、中島一郎、新野正明、宮本勝一、横山和正、中田郷子

全体的なこと

MSは免疫系に何らかの異常が起こり、中枢神経系(脳、脊髄、視神経)の軸索を覆っているミエリンを外敵と見なして攻撃してしまうことによって起こります。

メーゼント®は免疫を担当する細胞の1つであるリンパ球が、リンパ節・脾臓などのリンパ組織から出て行くのを抑えます。すると体内を循環するリンパ球の数、そして脳・脊髄に入っていくリンパ球の数も減り、MSの再発が抑えられるという機序が考えられています。

メーゼント®は錠剤で1日に1回、服用します。副作用の軽減のため、少ない量から服用し始めて6〜7日間かけて増やしていきます。この期間は確実に服用量を守る必要があります。

日本ではメーゼント®の効能は「二次性進行型MSの再発予防及び身体的障害の進行抑制」となっています。

二次性進行型MSとは、再発寛解型MSの人が、再発やMRIの新規病巣がなくても症状が進行するようになった状態をいいます。しかし二次性進行型MSと診断された人でも、再発やMRIで新しい病巣が認められることがあります。メーゼント®はこういった場合において、再発を抑えてMRI上の新しい病巣を抑える効果が確認されました。

メーゼント®は治療に必要な薬の量が人によって違います。また体質的にメーゼント®が使えない人もいます。タイプは大きく「メーゼント®を使える人(薬の量は全量)」「メーゼント®を使える人(薬の量は半量)」「メーゼント®を使えない人」の3つに分かれます。

どのタイプかを調べるために、メーゼント®を始める前には必ず、遺伝子検査(採血)が行われます。

メーゼント®を飲んでもMSは完治しません。現在、MSを完治させる薬は存在しません。

入院は必須とはされていません。しかし薬を飲み始めてから数日間にわたって脈拍数の低下(徐脈)や心電図の異常が見られることがあります。

従って治療開始時は最低6時間、病院で心拍数や血圧、心電図の測定を受ける必要があります。6時間後に異常がなく主治医による判断があれば帰宅できます。

治療開始後7日目までは、自宅においても脈拍数を測定する必要があります。

使用期間は決められていません。メーゼント®は二次性進行型MSの進行を抑制する薬です。この薬を始めて病状が安定し、副作用に問題がなければ、続けた方がいいといえます。

メーゼント®の維持期の年間薬剤費は2024年4月1日現在、約316万円です(2mgを使用した場合)。しかしMSの治療薬として承認されているため、指定難病の条件を満たせば医療費助成が受けられます。詳しくは「医療費助成」をご覧ください。

副作用

さまざまな副作用が報告されていますが、注意が必要なのは循環器系への影響、感染症、黄斑浮腫、リンパ球数の減少・肝機能障害、血圧の上昇です。

薬を飲み始めてから数日間にわたって脈拍数の低下(徐脈)や心電図の異常が見られることがあります。従って治療開始時は最低6時間、病院で心拍数や血圧、心電図の測定を受ける必要があります。6時間後に異常がなく主治医による判断があれば帰宅できます。治療開始後7日目までは、自宅においても脈拍数を測定する必要があります。

メーゼント®を服用すると、体内を循環するリンパ球の数が減るため、感染症にかかりやすくなると考えられます。一般的な感染症の他、水痘・帯状疱疹、単純ヘルペス感染症、真菌感染症、PML(進行性多巣性白質脳症)などにも注意が必要です。PMLは2023年9月現在、海外で2例の報告があります。

発見が遅れると視力を失う可能性がある黄斑浮腫が出ることがあります。多くは物がゆがんで見えるのですが、MSの再発との鑑別も必要です。視力や視野の異常があったら主治医に伝えてください。片目で格子模様を見てゆがんでいないかを確認するのもいいでしょう。

初期の黄斑浮腫は症状が出ないことがあるので、何も症状がなくてもメーゼント®服用3〜4カ月後には眼科の検査を受けることが勧められています。特に糖尿病やぶどう膜炎になったことがある人は黄斑浮腫のリスクが高いといわれています。リスクに応じて定期的に眼科で検査を受けることが必要です。

また無症状の黄斑浮腫をすでに発症していないかどうかを調べるため、メーゼント®開始前にも眼科で検査を受けておくことをお勧めします。

リンパ球数が減ったり、肝機能の数値に異常が出たりすることがあります。自覚しにくい副作用なので、定期的に血液検査をしてもらってください。また、もともと肝機能に異常がないかどうか、治療前に確認しておく必要があります。

服用時間など

メーゼント®を飲む時間に決まりはありません。しかし飲み間違い・飲み忘れを防ぐためにも「朝食後」など時間を決めて服用することをお勧めします。販売会社から発行されている服用管理手帳も活用してください。

1日飲み忘れても大きな影響はないので、翌日から飲んでください。しかし頻繁に飲み忘れるのはよくありません。1日に1回の服用を続けていくのが難しいようであれば、主治医にご相談ください。また、メーゼント®は4日間以上連続して飲み忘れた場合は、治療を始めた1日目の量から再開しなくてはなりません。4日間以上飲み忘れたら必ず主治医に連絡してください。

メーゼント®を飲み過ぎたことによる健康被害は報告されていません。しかし頻繁に飲む量を間違えるのはよくありません。1日に1回の服用を続けていくのが難しいようであれば、主治医にご相談ください。

他の治療・予防接種について

メーゼント®は他のMS疾患修飾薬とは併用できません。免疫を抑える作用があるため、経口ステロイド薬(プレドニゾロン®、プレドニン®など)や免疫抑制薬(イムラン®、アザニン®、プログラフ®など)との併用はお勧めできません。

そしてメーゼント®は脈拍数に影響を与えるため、一部の抗不整脈薬との併用は禁止されています。その他にも併用に注意が必要な薬剤があります。メーゼント®開始にあたっては、現在服用中の薬を全て、主治医に伝えてください。

メーゼント®の治療中はインフルエンザワクチンなどの不活化ワクチンや新型コロナワクチンは受けられます。

新型コロナワクチンについては、すでにメーゼント®を服用中の場合はワクチンの接種時期については気にしなくて構いません。メーゼント®を新規で始める場合は、服用開始2〜4週間前までにコロナワクチンの接種を終えておくことが望ましいとされています。

メーゼント®の治療中は生ワクチンの接種は受けられません。麻疹ワクチン、風疹ワクチン、水痘ワクチン、ポリオワクチン、BCGなどの生ワクチンを接種すると、ワクチンの病原体が体内で増殖する可能性があります。メーゼント®服用中および中止後最低4週間は生ワクチンの予防接種は避けてください。

メーゼント®服用中のステロイドパルス療法や血漿浄化療法は禁止されていません。再発と考えられる場合には、PMLなど他の脳の病気との鑑別を慎重にした上で、ステロイドパルス療法を行うことがあります。

ただ帯状疱疹や重症感染症のリスクが高くなるため、ステロイド薬の使用は最小限にとどめるべきで、再発時のステロイドパルス療法も注意して行う必要があります。

効いているのでしょうか?

メーゼント®は効果が出るまでに数カ月かかるといわれています。治療開始後すぐに再発した場合はまだ効果が出ていないのかもしれず、すぐに「効いていない」とは判断できません。

しかし治療を続けていても再発が続く場合や、これまでに経験したことがないような大きな再発をした場合はメーゼント®が合っていないのかもしれず、治療や診断の見直しが必要になってきます。

別の再発予防薬からメーゼント®に変更した時にこのようなことが起こった場合には、それまで使っていた薬の効果が切れたことによる再発、あるいは急激に病気が悪化する「リバウンド」の可能性もあります。

メーゼント®の中止で再発ないしリバウンドが起こる可能性もあります。自己判断で治療をやめないようにしてください。

妊娠・出産

メーゼント®の使用経験により、妊娠・出産できなくなることはありません。しかしメーゼント®は胎盤を通過しやすく、動物実験で胎児に影響を及ぼしたという報告があります。服用中は避妊を徹底してください。薬が体内に残る期間は最長で10日間です。服用中だけではなく、治療を止めても最低10日間は避妊してください。

メーゼント®を服用しているのが男性の場合、妊娠・胎児への影響については結論付けられていません。現在のところ、男性へのメーゼント®の投与制限はありません。

一般的には出産後にMSの再発率が上昇するので、早めの治療再開が勧められています。初乳が済んだ時点で治療を再開するのが望ましいとされることもありますが、お母さんやご家族の気持ちもあります。妊娠前・その時点での病状も含めて、主治医とご相談ください。

薬剤が母乳を介して乳児に移行する可能性があります。添付文書には「授乳しないことが望ましい」と書かれています。