多発性硬化症(MS)の多くは、再発と寛解を繰り返しながら、症状が徐々に悪化する進行期に入ります。
進行期に入るまでの期間は人によりますが、病巣ができるのを抑え、症状が徐々に悪化する進行期に入らないようにしておくことが必要です。そのために使われるのが再発予防・進行抑制の薬です。経過を改善するという意味合いで「疾患修飾薬(disease-modifying drug : DMD)」と呼ばれます。
日本では2024年2月現在、8種類のDMDが承認されています。ここではオファツムマブ(ケシンプタ®)について解説しています。4週間に1回の皮下注射薬です。日本で2021年3月に承認されました。
全体的なこと
MSは免疫系に何らかの異常が起こり、脳、脊髄、視神経の軸索を覆っているミエリンを外敵と見なして攻撃してしまうことによって起こります。
この時、免疫細胞の1つ「B細胞」が関与していると考えられています。ケシンプタ®には「CD20」というタンパク質を発現しているB細胞を除去する作用があります。ケシンプタ®を使うと血液中からCD20を発現しているB細胞がなくなり、関係する免疫システムにさまざまな影響が及び、MSが抑えられると考えられています。
日本で使用できるMSのDMDの中で最も効果が高いクラスの薬です。
ケシンプタ®は皮下注射薬で、投与頻度は4週間に1回です。しかし治療開始時だけは、効果が早めに出ることを期待して、初回、2回目は初回から1週間後、3回目は初回から2週間後、4回目は初回から4週間後に注射します。5回目以降は4週間隔で継続していきます。
例:年初から始めるとすると 初回(1/4)、2回目(1/11)、3回目(1/18)、4回目(2/1)、5回目(3/1)以降4週間隔を継続
ペン型の注射器で皮膚に押し付けるだけで注射できるようになっています。数回病院で指導を受けた後、家で自己注射することもできます。
ケシンプタ®の効能は「再発寛解型MSと疾患活動性を有する二次性進行型MSの再発予防及び身体的障害の進行抑制」となっています。
二次性進行型MSとは、再発寛解型MSの人が、再発やMRIの新規病巣がなくても症状が進行するようになった状態をいいます。しかし二次性進行型MSと診断された人でも、再発やMRIで新しい病巣が認められることがあります。ケシンプタ®は、こういった活動性のある二次性進行型MSにおいても、再発を抑えてMRI上の新しい病巣を抑える効果が確認されています。
ケシンプタ®を使ってもMSは完治しません。現在、MSを完治させる薬は存在しません。
基本的に入院は必要ありません。
使用期間は決められていません。ケシンプタ®はMSの再発・進行を抑制する薬です。この薬を始めて病状が安定し、副作用に問題がなければ、続けた方がいいといえます。一方、長期使用によるPMLや腫瘍発生リスクについては理解しておく必要があります。
ケシンプタ®の維持期の年間薬剤費は2024年4月1日現在、約300万円です。しかしMSの治療薬として承認されているため、指定難病の条件を満たせば医療費助成が受けられます。詳しくは「医療費助成」をご覧ください。
副作用
B細胞を除去する作用があることから、感染症にかかりやすくなります。また、B型肝炎にかかったことがある場合は、ウイルスが再活性化し、劇症肝炎を引き起こす可能性があります。そのため開始前には、B型肝炎ウイルスに感染していないかどうかを調べる必要があります。
注射に伴って発熱や頭痛、疲労などの全身反応が起こることがあります。注射部位が赤くなったり痛くなったりする注射部位反応が出ることもあります。
MSのDMDで懸念されるPML(進行性多巣性白質脳症)については、ケシンプタ®では報告はありません。しかし同じ系統のB細胞除去療法(リツキシマブ、オクレリズマブ – どちらも日本ではMSに対して未承認)でPMLが報告されているため、念のため注意は必要です。
PMLに関してはタイサブリ®のページご覧ください。→「タイサブリ®」へ
注射に伴う発熱などの全身反応はよく起こります。治療1回目に起こることが多く、治療を続けるうちに少なくなっていきます。これを予防するために、点滴のステロイド薬や内服の抗ヒスタミン剤が使われることがあります。発熱には解熱鎮痛剤が使われます。
感染症にかかりやすくなるとはいえ、過度に神経質になる必要はありません。一般的な感染対策をしてください。B型肝炎に関しては治療開始前にB型肝炎の抗原・抗体検査が行われ、必要に応じて、治療中や治療終了後は肝機能検査値やB型肝炎ウイルスマーカーのモニタリングなどが行われます。
PMLに関してはケシンプタ®では報告はありません。しかしPMLの初期症状のような異変(精神状態・行動の変化、記憶障害、進行性の片側麻痺、四肢麻痺、構音障害、視野障害、失語症など)を感じたら主治医に連絡してください。
他の治療・予防接種について
ケシンプタ®は他のMS疾患修飾薬とは併用できません。他に併用が禁止されている薬剤はありません。
ケシンプタ®の治療中は、インフルエンザや帯状疱疹などの不活化ワクチンやコロナワクチンは受けられますが、ワクチンの効果が十分に得られないかもしれません。
ワクチン接種時期については、すでにケシンプタ®を使用中の場合は、ケシンプタ®の投与と投与の間くらいの接種が勧められています。
麻疹ワクチン、風疹ワクチン、水痘ワクチンなどの生ワクチンを接種すると、ワクチンの病原体が体内で増殖する可能性があります。生ワクチンはケシンプタ®開始の少なくとも4週間前までに接種してください。ケシンプタ®の治療中、および中止後もB細胞数が回復するまでは生ワクチンの予防接種は避けてください。
ケシンプタ®使用中のステロイドパルス療法は禁止されていません。再発と考えられる場合には、PMLなど他の脳の病気との鑑別を慎重にした上で、ステロイドパルス療法を行うことがあります。
効いているのでしょうか?
ケシンプタ®は効き始めに少し時間がかかるといわれています。治療開始後すぐに再発した場合はまだ効果が出ていないのかもしれず、すぐに「効いていない」とは判断できません。
しかし治療を続けていても再発が続く場合や、これまでに経験したことがないような大きな再発をした場合はケシンプタ®が合っていないのかもしれず、治療や診断の見直しが必要になってきます。
別のDMDからケシンプタ®に変更した時にこのようなことが起こった場合には、それまで使っていたDMDの効果が切れたことによる再発、あるいは急激に病気が悪化する「リバウンド」の可能性もあります。
妊娠・出産
ケシンプタ®の使用経験により、妊娠・出産できなくなることはありません。しかし動物実験においてケシンプタ®が胎盤を通過したという報告があります。催奇形性の報告はありませんが、服用中は避妊してください。添付文書には薬の投与をやめた後も6カ月間は避妊するように書かれています。
しかし一方で、妊娠中の使用は禁忌とはされていません。安全性に関する知見が十分ではなく、慎重な対応が必要です。
妊娠中にケシンプタ®を使用した場合は、出産後に子供の血液中のB細胞数をチェックする必要があります。B細胞数の回復が確認されるまでは、子供に生ワクチンは接種できません。
男性がケシンプタ®を服用している場合、妊娠・胎児への影響についての報告はありません。現在のところ、男性へのケシンプタ®の投与制限はありません。
妊娠に気付いたら主治医に報告してください。
一般的には出産後にMSの再発率が上昇するので、早めの治療再開が勧められています。初乳が済んだ時点で治療を再開するのが望ましいとされることもありますが、お母さんやご家族の気持ちもあります。妊娠前・その時点での病状も含めて、主治医とご相談ください。
薬剤が母乳を介して乳児に移行する可能性があります。添付文書には「治療上の有益性および母乳栄養の有益性を考慮し、授乳の継続又は中止を検討すること」と書かれています。ただ、ケシンプタ®のような抗体製剤は、乳児の消化管で消化されるので、大きな影響を与えないとの見解もあります。
→多発性硬化症DMD副作用管理 – ケシンプタ(5分弱)
→ケシンプタ®(前半)- 効果と副作用(30分)
→ケシンプタ®(後半)- 導入時、薬の切り替えなど(25分)
更新:
2024年9月2日(医療費を追加)
2024年2月10日(全体を改訂)
2023年11月1日(全体を改訂)
2022年5月17日(どのように使いますか?)
2021年9月16日(新規公開)
文:MSキャビン編集委員
大橋高志、越智博文、近藤誉之、中島一郎、新野正明、宮本勝一、横山和正、中田郷子