多発性硬化症(MS)の多くは、再発と寛解を繰り返しながら、症状が徐々に悪化する進行期に入ります。
進行期に入るまでの期間は人によりますが、病巣ができるのを抑え、症状が徐々に悪化する進行期に入らないようにしておくことが必要です。そのために使われるのが再発予防・進行抑制の薬です。経過を改善するという意味合いで「疾患修飾薬(disease-modifying drug : DMD)」と呼ばれます。
日本では2024年3月現在、8種類のDMDが承認されています。ここではグラチラマー酢酸塩(コパキソン®)について解説しています。1日に1回の皮下注射薬です。日本で2015年に承認されました。
全体的なことを教えてください。
MSは脳、脊髄、視神経の軸索を覆うミエリンが攻撃されてしまう病気です。そのミエリンはいくつかの成分で構成されています。
中でも「ミエリン塩基性タンパク」に注目して開発が始まったのがグラチラマー酢酸塩(コパキソン®)です。ミエリン塩基性タンパクの4つの成分を元にして人工的に作った製剤です。
コパキソン®による治療は、アボネックス®とベタフェロン®とまとめて「ABC療法」と呼ばれることがあります。
コパキソン®は毎日の皮下注射薬です。本人または家族などが、お腹、脇腹、腕、太ももの柔らかい部位に注射します。注射は「オートジェクト2®」という専用の補助器具を使います。
国内外の臨床試験では、MSの再発回数を減らしたり、再発した時の症状を軽くしたりする効果が示されています。またMRI検査で確認できる病巣の拡大や新しい病巣の出現を減らす作用もあります。
進行抑制に対するデータはほとんどありません。日本におけるコパキソン®の効能は「多発性硬化症の再発予防」です。
コパキソン®を使ってもMSは完治しません。現在、MSを完治させる薬は存在しません。
特に入院は必要とされていません。注射の仕方や副作用の管理について、主治医や看護師さん、薬剤師さんから十分に説明を受けてください。
使用期間は決められていません。コパキソン®は再発を予防する薬です。この薬を始めて病状が安定し、副作用に問題がなければ、続けた方がいいといえます。
コパキソン®の年間薬剤費は2024年4月1日現在、約205万円です。しかしMSの治療薬として承認されているため、指定難病の条件を満たせば医療費助成が受けられます。詳しくは「医療費助成」をご覧ください。
副作用
主な副作用は、以下の通りです。
◉注射部位反応:注射部位の発赤、痛み、かゆみなど
◉注射直後反応:注射後数分以内に起こる顔面紅潮、胸痛、息苦しさ、動悸・頻脈など
◉過敏性反応:発赤、じんましん、喉のかゆみ、けいれん、失神など
注射部位反応に対しては、注射手技を再確認し、注射部位を毎回変えるなどして対処します。注射部位をもんだりこすったりしないでください。
注射直後反応の多くは一時的で軽いです。対処として注射頻度を週に2〜3回にして、徐々に頻度を増やしていく方法があります。それでも続く場合は改めて主治医に相談してください。
過敏性反応は頻度は低いですが、これらの症状が現れた場合は次の注射は打たずに主治医に連絡してください。
注射部位・注射時間・保管の仕方
1日に1回、本人または家族などが、お腹、脇腹、腕、太ももの柔らかい部位に注射します。注射部位反応を防ぐため、毎回、部位を変えます。
針は29ゲージというサイズで細く、注射の深さは、筋肉に到達しない皮下の部分です。
打つ時間に決まりはありません。
注射部位の保護のため、注射直後の入浴はお勧めできません。多くの人は、入浴後少し経った就寝前に注射をしています。
コパキソン®は2〜8℃の冷蔵保存が勧められているため、箱に入れたまま凍らないように冷蔵庫に入れます。注射の際は室温に戻すため、注射の20~30分前には冷蔵庫から出しておきます。冷たいまま注射すると注射部位反応が強く出る恐れがあります。
保冷剤や携帯用保冷バッグを利用し、現地に到着したらなるべく早く冷蔵庫に入れてください。
コパキソン®は空港のX線検査を通過できます。貨物室の環境を考え、手荷物で機内に持ち込むようにしてください。
飛行機は原則「注射針は、機内で使用することがなければ持ち込み禁止」とされています。しかし現状として国内の場合、手荷物検査の際に針を持参していることを伝えれば問題ないようです。 航空会社(日本航空、全日空)では、注射器を機内に持ち込む場合は、予約の時点で伝えておくことを勧めています。
海外旅行に行く際は、英文の診断書と薬剤証明書を携帯することをお勧めします。早めに主治医に相談してください。
他の治療・予防接種について
コパキソン®は他のMS疾患修飾薬とは併用できません。他に併用が禁止されている薬剤はありません。
コパキソン®の治療中でもワクチンは受けられます。コロナワクチンの接種時期は気にしなくて構いません。
ステロイド薬とコパキソン®の併用は禁止されていません。
実際には、ステロイドパルス中はコパキソン®を休む人、ステロイドパルス療法中もコパキソン®を継続する人と、どちらもいます。決まりはありません。
生活への影響
コパキソン®を始めて生活リズムが変わることは考えにくいです。
続けられます。
注射部位に感染を起こすリスクがあるため、注射直後にプールや温泉に入ることはお勧めできません。注射後数時間が経過している場合は制限ありません。
注射したくない気持ちが大きな負担になっている場合は、我慢しないで主治医にご相談ください。別の薬に替えることを検討してくれます。
効いているのでしょうか?
コパキソン®は効果が出るまでに数カ月かかるといわれています。治療開始後すぐに再発した場合はまだ効果が出ていないのかもしれず、すぐに「効いていない」とは判断できません。
しかし、再発が続く場合や、これまでに経験したことがないような大きな再発をした場合はコパキソン®が合っていないのかもしれず、治療や診断の見直しが必要になってきます。
別のDMDからコパキソン®に変更した時にこのようなことが起こった場合には、それまで使っていたDMDの効果が切れたことによる再発、あるいは急激に病気が悪化する「リバウンド」の可能性もあります。
妊娠・出産
海外の臨床試験で、母子への有害事象が高くならないことが証明されました。コパキソン®は妊娠中も継続可能です。
添付文書には「治療上の有益性および母乳栄養の有益性を考慮し、授乳の継続又は中止を検討すること」と書かれています。コパキソン®治療中の授乳は可能です。
YouTubeでも解説しています。
→多発性硬化症DMD副作用管理 – アボネックス、ベタフェロン、コパキソン(3分弱)
更新:
2024年9月2日(医療費を追加)
2024年3月7日(全体を改訂)
2022年4月27日(全体を改訂)
2016年5月27日(新規公開)
文:MSキャビン編集委員
大橋高志、越智博文、近藤誉之、中島一郎、新野正明、宮本勝一、横山和正、中田郷子